有機栽培から自然栽培へ|杉本園の歩み

無農薬茶の杉本園は静岡県島田市の牧之原台地で代々続くお茶農家です。
農薬、肥料を一切使用しない「自然栽培」でお茶栽培をしています。

無農薬・有機栽培の始まり

茶草場農法

始まりは平成5年のとある日。
父の「今日から無農薬でお茶栽培をする!」の一言から、無農薬茶栽培が始まりました。

父は元々農薬が嫌いで、危険性を分かっていました。
でも当時は「無農薬で本当にお茶が作れるのか?」と迷っていたそうです。

仕方なく農薬散布をする時は、どれだけ大変でも一人でやっていました。
農薬の被害に一番遭うのは農家だからと、家族には近寄らせませんでした。

その時の肥料は、堆肥を中心に使っていました。
堆肥は近隣の牛舎からダンプで山盛り何杯も運び、土作りをしていました。

無農薬栽培への転機

そんなある時、EM菌(有用微生物群)の講演会を聞きに行きました。

そこでの「無農薬はどんな植物でも出来る!」の一言を聞いてから、父は「やれる」と確信しました。
次の日から杉本園の無農薬・有機栽培が始まりました。

EM菌を使った無農薬栽培

そこから最初の数年はEM菌を使った無農薬栽培が始まりました。

農薬からストチュー(EM菌・お酢・焼酎・唐辛子のブレンド)や木酢液に変更しました。

化学肥料を止めて、堆肥にぼかし肥料(米ぬかや油かす等を発酵)を使うようになりました。

栽培の考え方を大転換!

上手くいっていた有機栽培でしたが、
3年を過ぎた頃になると害虫被害が頻発するようになりました。
収穫量も激減し、悩みながらの作業が続きます。

そんなある年の初夏(梅雨頃)に、蓑虫や尺取り虫が大発生しました。
お茶畑の葉を大量に食べられる事態が発生しました。

害虫達は家族総出で手作業で取っていきました。
しかし、すでに遅く、お茶の葉はほとんど食べられてしまいました。

父は悩みました。
何が悪かったのか。こんなに細かく肥料計算もしっかりやっているのに……

そこでふと、肥料計算に目が行きました。
この肥料計算、肥料が0の場合は収穫量が0になるのです。

「あれ?普通に考えて、そんなことはないよな?」

父は気がつきました。
この肥料計算は農業などの一次産業ではなく、工場製品の二次産業的な考え方だったのだと。

肥料を入れなくても、新茶の時期には新芽はしっかり伸びてきます。
ですが、工場製品は材料を用意しなければモノが出来上がりません。

父のやっていた肥料計算は、自然のことを一切考えない、人間主体の考え方だったのです。

そこから一気に方向を転換しました。

土が臭くなる堆肥は使わなくなり、植物由来の肥料だけを使う栽培へと変わっていきました。

自然と寄り添う有機栽培へ

虫に食べられてお茶の葉が無くなった畑は、秋になるとまた新芽が伸びてきました。

それはなぜか。

肥料を多く入れている畑では、根元に栄養があるため、根はとても浅くなります。

そのままだと、夏の暑い時期には蒸散作用で葉の裏から水分が抜け、
お茶畑が枯れる可能性があったのです。

慣行栽培(一般栽培)の場合は、農薬で害虫の発生を抑え、暑い時期には水を撒きます。

しかし無農薬の場合は、その人間主体のサイクルが崩れていました。

これが、自然主体のサイクルが見えてきた第一歩でした。

そこに気がついてからは、お茶が成長する春から秋には肥料を一切使わなくなりました。
代わりに、お茶畑が休む冬の間にだけ、米ぬかや油かすを少し入れるようになりました。

お茶が成長している時期は、人は手を出さずに任せる。
そこから数年をかけて、お茶畑も少しずつ良くなってきました。

茶毒蛾の幼虫が大発生!

そんな順調に進み始めたある時、茶毒蛾の幼虫が大発生しました。

この虫はかなり厄介で、近づくだけで皮膚炎を起こす原因になります。
そのため家族みんな大変な思いをしました。

どうしてここまで発生するのか、どうにかならないのか。
そう思いながら観察していると、あることに気がつきました。

幼虫は茶樹の側面にしかいませんでした。

よく見ると、横枝に集中していました。

その横枝を辿っていくと、土の中から伸びていました。
引き抜いてみると、細く浅い根が出ていました。

原因はこれだとすぐに分かりました。

肥料を多く入れている畑であれば、この浅い根でも栄養を吸うことが出来ます。
しかし杉本園では冬場にしか肥料を入れないため、栄養が足りません。

そのため横枝は幹から栄養をもらいながら生きていましたが、
結果としてお茶畑全体が栄養不足になっていました。

茶樹は自分が生き残るために、不要な枝を枯らす虫を呼んでいたのではないかと考えました。

そこから横枝の剪定を続ける日々が始まりました。
しかしすぐにすべての畑を終えることは出来ません。

すべての畑の剪定が終わるまでには、数年の月日がかかりました。

無施肥・自然栽培への転換

横枝を剪定したお茶畑は、今まで狭かった茶幅が広くなり、畑の中が歩きやすくなりました。

今まで茶樹が密集して暗い状態だったお茶畑も、
奥の奥まで太陽光と風が入ってくるようになりました。

それにより、害虫被害や病気がほとんど出なくなりました。

雑草栽培(緑肥栽培)の始まり

さらに茶幅が広くなったことで、お茶畑の様子が一変しました。
お茶畑全体から多くの雑草が生えてくるようになったのです。

まるで雑草畑のような状態でした。

特に夏には背丈ほどの草が生えてきて、お茶畑が見えなくなります。
その雑草を苦労して刈り込んでも、またすぐに次の雑草が生えてきます。

おかげで土はフカフカになりましたが、人はヘトヘトでした。
お茶畑にはとても良い環境になりましたが、人への負担はかなり大きいものでした。

そこで、次の改善策を探すことになりました。

ORECブルモアー(ハンマーナイフモア)

お茶畑を一気に刈れる方法はないかと、ネットで調べてみました。
そこで見つけたのがブルモアーでした。

ORECブルモアー(ハンマーナイフモア)

一目見て「これだ」と思いました。

ただ、欲しいサイズのものは約50万円と、なかなかの価格です。

そこで一度、レンタルの機械を借りてみました。
実際に使ってみると、とても使いやすいものでした。

ただ、借りた機械はタイヤタイプだったため、少し横滑りする感じがありました。

そこで購入したのはクローラータイプです。
使い始めるとかなり調子が良く、今では杉本園の主力として一年を通して活躍しています。

2011年の震災、放射能の影響

この震災は、「雑草栽培」が始まった頃と重なります。
被害は皆さんご存じの通り、とても大きなものでした。

杉本園でも少しでも役に立てないかと、知り合いを通してお米やお茶を配ってもらいました。
また、復旧ボランティアに来られないかという話もいただきました。

しかし、杉本園でも大きな出来事が起きていました。

それは新茶が終わり、本来なら落ち着いてくる6月のことでした。

お茶から放射能が検出されたのです。

杉本園でも報道の後、放射能検査をしたいと県に問い合わせをしました。
しかし静岡県からは、検査の予定はないとの回答でした。

どうしたものかと思い、その気持ちをTwitterでつぶやきました。

そうしたら思いがけないことが起きました。
Twitterを見てくれていたお客様の中に、放射能検査の会社で働いている方がいたのです。

急いで検査をしてもらうことになり、新茶の収穫と並行しながら検査を進めました。

結果は180ベクレル超えでした。

すぐに購入いただいたお客様へ連絡し、返金や昨年のお茶との交換対応を行いました。

その年は新茶と並行して前年のお茶も販売しましたが、
注文のほとんどは前年のお茶でした。

震災からの復活(お茶畑編)

畑仕事では、2011年はお茶畑の台切り(剪定)から始まりました。
お茶の葉に放射能が付着していたためです。

台切りが終わると、葉がなくなった畑には光と風が入り、
雑草が一気に生えるようになりました。

そこからは、ひたすら草刈りの日々です。

雑草の生える回数を増やすことで放射能も減ると聞き、
ひたすら草を刈り続けました。

その結果、雑草はさらに元気に生えるようになりました。

その様子を見て、外から肥料を入れる必要はないと感じました。

そして、この年をもって有機肥料の使用も完全にやめ、
「自然栽培」へ完全に移行しました。

震災からの復活(販売編)

震災以降、売上は大きく落ちました。

2011年は震災前のお茶があったため、何とか続けることができましたが、
2012年以降は売上が3分の1まで減少しました。

そこから放射能検査を続け、2014年になりました。
ここでようやく厳しい基準でも「検出せず」となりました。

それまでの間は、自分たちが生活するために、細々と販売を続けていました。

当時購入してくださったお客様には、本当に感謝しています。

それでも売れ残ったお茶はすべて処分していました。

それまで取引のあった問屋からの注文もなくなり、
販売に出ても利益が出ない状況が続きました。

そこで販売方法の見直しを行い、通販を中心にする形へ切り替えました。

最初は楽天などにも出店しましたが、
忙しくなるだけで利益につながらず、手数料ばかりが増えていきました。

そこで自社サイトをリニューアルし、
そこからまた勉強の日々が始まりました。

県の農業経営の勉強会にも参加しながら、
少しずつ形を整えていきました。

その結果、パッケージも見直され、
自分たちの考え方も少しずつ変わっていきました。

静岡のお茶農家「無農薬茶の杉本園」

現在の杉本園は父、母、自分(長男)、長男嫁、弟(三男)の5人体制です。
そこにパートさん2人、畑仕事組2人を加えた9人体制になりました。

今がゴールではありません。
お茶畑も少しずつ拡大しています。

これからもお茶畑は進化していきますし、自分たちも進化していきます。

進化していく中でも、父が始めた「無農薬茶の杉本園」。
これだけは変えずに続けていきたいと思っています。

これからも皆様に安全で安心して飲んでいただけるように……

安全は自然の中にありました

この言葉を大切に、これからもお茶づくりを続けていきます。